大平修司さん

本Webサイトはリニューアル中です

最新版、大平 修司(おおひら しゅうじ)さんご紹介ページはこちら


COREZO(コレゾ)「人こそ全てと、すぐにやるを積み重ね、大歩危とまんなか流もてなしの世界ブランド化に取り組む、期待の星」賞

大平 修司(おおひら しゅうじ)さん


徳島県三好市山城出身、在住

 

峡谷の湯宿 大歩危峡まんなか 取締役営業部長

 

ジャンル

地域活性化

観光地域振興

 



経歴・実績

      東京の方の大学(決して東京大学ではない)卒業
      

      アウトドア用品のモンベル(東京の店舗)に3年間勤務

2005年 大歩危峡まんなか 入社

      レストランまんなか1年間勤務後、ホテルに異動

 

受賞者のご紹介

大平 修司(おおひら しゅうじ)さんは、徳島県三好市の景勝地、大歩危にある「大歩危峡 まんなか」の社長、大平 克之(おおひら かつゆき)さんのご子息で、「峡谷の湯宿 大歩危峡まんなか」の取締役営業部長。

 

 修司さんは、大学卒業後、お父様のコネでアウトドア用品のモンベルに入社、渋谷店新規オープン等に従事した後、大歩危に戻り、大歩危峡まんなかのレストラン勤務後、ホテルまんなかの運営を任された。

 中学生の頃にはチャリンコで夜間徘徊していて補導されたことがある。警察から電話がかかって、「修司は寝ちょるきん。」と、お父様が部屋を覗いたら、もぬけのからだったそうだ。また、地元の有名高校に進学後には、原チャリの3人乗りでとっ捕まって、「しょーもないことで捕まるな。」と、どきんこつの制裁をくらった。

 

 東京(の方の)大学に進学し、一人暮しを始めた途端、「しつこい新聞の押し売りを断り切れん。」とお父様に助けを求めた。心優しく、純朴に育った修ちゃんは、いきなりギスギスした都会の洗礼を受けたのである。

 

 何せ、大平家では50年振りに誕生された、待望のおの子である。現まんなか会長の祖母さまからの寵愛を一身に受けておられる。東京から戻って来るというので真っ赤なランサーエボリューション(通称、ランエボ、走り屋御用達の車として名高い)の購入費用の半分以上を出してもらった。小さなおケツでも窮屈なフルバケットシートで、少々、恰幅の良い?現会長をお乗せしたら、「こんな車、誰が買うたんじゃ!」と逆鱗に触れて、二度と乗っては下さらないそうだ。



 また、ある夜、お父様に頼まれて、そのエンスー車を駆って迎えに出掛けた。大歩危から愛媛県川之江方面に向かう国道のカーブでドリフトを決めようとして、見事にスピン。車幅位の山道に側面からハマってしまい、前後が大破した。現場検証中には、「当事者以外は立ち入らないで!」と、警察からは相手にもしてもらえず、お父様からは、「もう、車は買わさんきんな!」と言われて、大破した愛車を修理したという経歴の持ち主だ。

 

 ご縁があって、2003年頃から毎年、大歩危・祖谷を訪れていて、修司さんは、2005年に戻って来られたようだが、大歩危・祖谷には個性的な方がたくさんおられるので、当初は、名刺を交わした程度だった。

 

 記憶に残っているのは、「大歩危・祖谷いってみる会」の総会で、ホテルかずら橋の谷口専務と司会進行をされるようになってからだが、お父様の大平社長さん世代の皆さんとのお付き合いが主だったので、親しく話をすることもあまりなかった。

 

 2011年9月、ある調査事業で、大歩危・祖谷に長期滞在することになり、引き受けて下さったのが、大平社長さんで、面倒を見て下さったのが、「峡谷の湯宿 大歩危峡まんなか」の責任者である修司さんだった。

 

 およそ50連泊したのだが、毎日、朝夕の献立を変えて下さり、その調査事業にも何かと協力して下さった。おかげで、大歩危・祖谷の皆さんとのご縁がいっそう深くなり、年に何度となく訪れるようになったのだが、その調査事業の期間中に思いついたのが、COREZO(コレゾ)賞だった。

 

 まず、表彰式が開催できるところを確保する必要があったので、大平社長にご相談したところ、ご賛同頂き、修司さんにも快く(否応無しに?シブシブ?)、引き受けてもらった。そして、会を見事に取り仕切って下さったのである。

 

 段取りは口頭でお伝えし、概要はWebサイトにアップしていたのだが、さすがに心配になられたのか、1ヵ月前には電話をして来られた。

 

 「そろそろ何を準備したら良いか指示して下さい。」

 

−− 何でやねん?

 

 「受賞者の皆さんの顔ぶれを見ていたら、心配になりまして。」

 

−− 何が心配?

 

 「その道を極めた方々ばかりなので、どのようなご要望があっても、できる限り、お応えしたいと思いまして・・・。」

 

−− ホテルのスタッフを全員、若いおねーちゃんにできる?

 

 「それは・・・。」

 

 ということで、一応、思いつくことは電話で伝えて、現場でやった方が早いと、表彰式の1週間前には大歩危入りをした。テキトーに作った式次第を渡して、表彰式と懇親会の2箇所の会場の設営と進行、準備する備品、スタッフの配置、料理内容、送迎等の打合せ、当日宿泊される方々の部屋割りを、チャッチャとやっつけて、進行表、案内表示等々の作成、また、こちらが手の廻らないところも手伝ってもらっているうちに、あと言う間に前日になった。

 

 会場の準備をしながら、前日入りされた受賞者の皆さんの対応をしているうちに、前夜宴会になり、当日の朝を迎えた。

 

 当日は、前途多難なのを象徴するかのような、生憎の雪模様だったが、午前中のリハーサル時には、ザックリした式次第から読み取ったリストが作成され、必要な備品がカンペキに揃えられていた。そうこうする内に、受賞者の皆さんが次々に到着され、受付が始まり、プレゼンテーターが雪の影響で会場入りがギリギリになったが、慌てることもなく表彰式が始まった。

 

 修司さんには、イベントディレクターというか、舞台監督をしてもらったのだが、おかげで、表彰式開始から懇親会終了まで、こちらは司会進行とイベントの盛り上げに集中することができ、ほぼ予定通りに進行することができた。生業として、過去に大小、数多くのイベントを手掛けて来たが、ここまで気持ち良くスムーズに進行できたイベントは初めてのことだった。

 

 ご出席、ご宿泊下さった由布院玉の湯の会長、溝口薫平さんからも、「このホテルはいいですね。スタッフの皆さんが一生懸命なのがいい。こちらの大平社長さんは息子さんを立派に育てられましたね。」と、絶賛され、大いに男を上げたのである。また、他所から参加された皆さんからだけでなく、地元の皆さんも、口々に、「あの子、ようやったなぁ、見直した。いつの間にか、立派なあと継ぎになってる。」褒めておられた。

 

 いやーっ、恐れ入りました、だったのである。大歩危峡まんなかのスタッフの皆さんとも気心が知れていたところもあったが、超一流といわれるホテルでも、いくら詳細に担当別の進行表、作業指示書を作って、綿密な打合せをしても、最後は人なのである。間に立つ人次第で、現場のスタッフが、イベントの趣旨や進行の意図がわかっていると、臨機応変に対応してもらえるが、現場のスタッフに意志が通じていないと、トチることが多々ある。そういう点で、修司さんは、こちらの意図をしっかりと理解して、現場のスタッフに伝え、現場のスタッフも理解した上で、対応して下さったのである。

 

−− あの仕切りと段取りの良さは、どこで身につけたの?

 

「当ホテルでも結婚式の披露宴や、大きなパーティーをお受けしていますが、『全旅連(宿泊施設関連の団体)』青年部の委員として、1万人近くを動員した全国大会の企画・運営を担当した経験が活きているかもしれません。」

 

−− ところで、今更ながら、「大歩危峡まんなか」を継ぐのを決めたのは?

 

 「生まれた時から、ここを継ぐものだと刷り込まれて来たので、家の教育の勝利ですね。」

 

−− 他の選択肢とか、やりたいことはなかったの?

 

 「はい、全くありませんでした。」

 

−− へぇーっ?なら、ウチなんかは(家業を継がなかったので)、教育の敗北やね、ホテルを任されるようになったのは?

 

 「戻って、1年間はレストランの方に勤務していましたが、ホテルの当時の支配人が辞めることになり、他にする者がいないので、必然的に僕になりました。」

 

−− ホテルをやりたいとか、自分の意志はなかったの?

 

 「いいえ、家業ですから、自分の意志とかは、関係ないんです。」

 

−− 最近、泊めてもらう度に料理内容が変わっているような気がするけど?

 

 「ええ、健康志向のお客様が増えているので、地元野菜を多く使ったヘルシーなメニューも取り入れて、変化させています。評判も上々で、料理長はじめ、調理場のスタッフも自主的に料理勉強会を開いたり、積極的に献立の提案をしてくれるようになり、相乗効果も生まれて嬉しい方向に向かっています。」と修司さん。

 

−− 以前、大浴場にあったのは、「100均で買ってきて、そのまま置いといたけど、なにか?」ちゅーような、綿棒やったけど、気の利いた入れもんに入れ替えてるし、備品も変わってるのでは

 

 「そうですね、社員教育等、ソフト面だけでなく、全客室に携帯各社の充電ができるアダプターや空気清浄機を設置したり、低反発マットを導入したり、大浴場に宿泊者用のタオルを常備したりと、備品関係は、できるものから、日々、改善するように努力しています。」

 

−− 変化するきっかけは?

 

 「2年位前からでしょうか、施設も地域も最後は人だということを強く思うようになりました。ウチにはすでに建物と設備がありますが、これを他と差別化するのには莫大な資金が必要なので、ウチの宿は、『人財』をウリにすることにしました。」

 

 「人財教育・育成に力を入れ、料理や従業員のもてなし、清掃等の人的サービスでの差別化は、時間と手間はかかりますが、コストはあまりかかりません。それに、施設や設備は老朽化すると、飽きられ、新しいものに目移りしますから、また、投資が必要になりますが、人は磨けば磨く程、価値が高まり、あの人にまた会いたい、と来て下さるお客様も増えると思いました。」

 

−− どこかで聞いたような話やけど、具体的にはどんなことをされているのですか?

 

 「ひとことでは言えないのですが、目配り、気配りというか、わかる人にだけわかるような、気付いて下さるお客様にだけ気付いて頂けるような、『まんなか流のもてなし』を創って、実行していこうとスタッフと取り組んでいます。」

 

−− 雨上がりの朝、営業本部長さま自らが率先して、お客様の車を拭いておられるのをよく見かけますが、ああいうこと?

 

 「ええ、言ってしまうと値打ちが無くなってしまうので、言わなかったのですが、雨の日だけでなく、夜露が掛かったり、霜が下りていたり、必要に応じて、気付いた者がやっています。それも、できるだけお客様から見えないところでやるようにしています。」

 

 「僕もこれ見よがしの過剰なサービスは好きじゃないんです。かまわれたくはないのだけど、こうして欲しいと思った時に、してあったり、アレがあったら、コレが足りないと思った時に、そこにあったら、嬉しいじゃないですか?お客様とは、付かず離れずの絶妙な距離感とタイミングで、さりげなくサービスをするというのはとても難しいですが、毎日、やっているとできるようになってくるものだ、と信じてやっています。」

 

 「ご予約の時点では、どんな動機で、何の目的でウチのホテルを選んで下さったかは、知る由もありませんが、せっかく訪れて下さった一期一会のお客様に、当地、当ホテルで、どう楽しく過ごして頂くか?お客様を観察するのではなく、積極的に話しかけて、コミュニケーションをするよう心掛けています。会話の中から、お客様とつながり、私たちや私たちの地域のことも知って頂けるよう努めています。それがサービス業の真髄だと思うし、当ホテルはそこを目指そうと決めました。」

 

 「お客様もこちら側も、人間、気付くか、気付かないかのどちらかです。中には、私どものおもてなしに気付いて下さるお客様もいらっしゃって、時間は掛かるかもしれませんが、そういう『まんなか流のおもてなし』を好んで下さるお客様とは、末永いお付き合いができると思いますし、そういうお客様に顧客になって頂けければ、有難いことですし、当ホテルもよりいい宿になっていけると思うんです。お越し頂いたお客様を大切に、当ホテルのファンをコツコツ増やしていくことは、ある意味、究極のマーケティングですし、今後、ウチのような規模の宿が、生き残っていく最善の方法かも知れません。」

 

 「当ホテルは、お忍びで来て頂くような宿ではありません。また、万人に好まれる宿を目指すと、個性のない宿になってしまいます。家族連れで、ウチのスタッフとの会話を楽しんで頂いて、また、会いたい、触れ合いたいと何度も来て下さるような宿にしたいですね。」

 

−− さうさう、ワタクシなんか、カズコちゃんや、カツコちゃんに会いに来てるようなもんでしょ?先日、ホンモノの商品を作っている人たちと、その価値をわかる消費者を選んで買ってもらわないとお互いが不幸になるから、これからは買い手に媚びるのではなく、売り手が買い手を選ばないといけない時代になる、というような話になりましたよ。

 

 「お客様を選ぶなんてえらそうなことは言えませんが、この間、紅葉のシーズンで満室の日に、ネットから2連泊で予約されたお客様が、1泊されて、翌朝、部屋と廊下が臭いといって、1泊分キャンセルされました。ウチは毎日、オゾン脱臭機をかけているので、その匂いかも知れませんが、決して不快な匂いではありません。まんざら知らないお客様ではなかったので、それ相応の対応をしたつもりですが、そういうお客様もいらっしゃるということです。」

 

−− ケッコー、匂いには敏感やけど、ホテルまんなかに何十泊もしていて、臭いと思ったことはないけどなぁ。カメムシでも服に付いとったんとちゃうの?クレームはどーでもつけれるもんね。何でもそうやけど、最後は人間がしていることやから、絶対ということはあれへんやん?もし、ミスがあったとしても、「ほどほどに」相手を思い遣る気持ちがあれば、そーゆーことにはならんわな。お互い、気持ちのええ解決ができるかどうかに、その人の人間性というか、値打ちが見えるような気がするなぁ。ま、単に、まんなかの良さがわからんお客さんで、まんなかより良さげな「ホテル◯◯」に泊まりたくなったんとちゃう?

 

 「それはわかりませんが、どういうお客様かは今回のことでよくわかりました。」

 

−− ネットからのお客様は選ばれへんけど、やることをやってたら、媚びる必要もないし、今回のことでそのお客様が来んようになったら、ミスマッチは解消されるやん?

 

 「そうですね。」

 

−− でも、また、来たりして・・・。その時はどうする?

 

 「その時はその時で、もちろん、まんなか流で、もてなしますよ。」

 

−− で、スタッフの皆さんの意識が変わってきた、って聞いたけど?

 

 「目標ができたからでしょうか。今年、某大手ネット宿泊予約サイトのアワード獲得を目指しています。僕がホテルの仕事を始めた頃は何の目標もありませんでした。そのアワード獲得には、具体的に当ホテルの評価が数値化されるので、一喜一憂しますが、問題点がわかり、すぐ改善するようになりました。スタッフ全員の励みにもなり、一丸となって、目標に取り組んでいます。裏を返すと、そのネット予約サイトへの貢献度の評価になるのですが、まんなかブランドを確立するための一つの手段と考えています。」

 

−− これからの抱負は?

 

 「大儲けしたいですねぇ。でも、したことがないので、何が大儲けなのかよくわかりませんが・・・、ハハハハ、これは、願望というか、妄想ですね。」

 

 「明日やるというのはバカ者、そのうちやるというのは大バカ者、とよく言うのですが、その日、その時、気付いたらすぐにやる、その日々の積み重ねで、1年後、3年後、5年後があると思っています。大歩危峡まんなかの施設だけがいくらがんばっても、集客には自ずと限界があります。魅力のある人財を育て、魅力のある施設、魅力のある地域にし、10年後には、気の利いた宿と言われるような宿にして、大歩危・祖谷とまんなかブランドを世界に発信していきたいですね。」

 

 ある夜中、酔っぱらって、宿泊先のホテルまんなかに戻ると、いつになく、フロントが慌ただしい。尋ねると、宿泊客に急病人が出て、ホテルスタッフが救急病院にお連れした、という。出張に出掛けていた修司さんも戻った空港からそのまま病院に駆けつけたらしい。

 

 翌日の朝礼で、「昨夜のお客様は大事無く、チェックアウトされました。皆さんの適切な対応に感謝します。ご宿泊のお客様だけでなく、道を尋ねに立ち寄られたお客様であっても、当ホテルを訪れて下さった全ての方々が大切なお客様です。当ホテルの対応を気に入って下さって、いつかご利用頂けるかも知れません。何度でもお越し頂けるよう、これからもスタッフ全員で、まごころのこもった『まんなか流おもてなし』を心掛けて下さい。」と、訓示しているのを聞きたくもないのに、聞いてしまった。

 

 カッコいいぞ、おっとこ前の修ちゃん!いつまでもパラサイトできるようにガンバッテね!!それと、くれぐれも何度もスピード違反で捕まらないようにしようね!!!


 

 誠にお気の毒なことに、初の親子二代でのCOREZO(コレゾ)賞受賞となってしまった。

 

COREZO(コレゾ)「人こそ全てと、すぐにやるを積み重ね、大歩危とまんなか流もてなしの世界ブランド化に取り組む、期待の星」である。

 

大平 修司(おおひら しゅうじ)さん関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。

 

COREZO (コレゾ)賞 事務局 (文責 平野龍平 最終取材2013.11. 編集更新2013.11.27.)

Comments