戸村正信さん

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COREZO(コレゾ)「見かけはイカツイがとってもあずましい、ビックマンが似合う北海の豪快な船長」賞

 戸村 正信(とむら まさのぶ)さん

北海道標津町出身、在住

第一福丸船長

民宿「船長の家」経営

 

ジャンル

観光・地域振興

食・漁業・漁師・船長

民宿 経営

 


 

受賞者のご紹介

 戸村 正信(とむら まさのぶ)さんは北海道標津漁港の第一福丸船長で、民宿「船長の家」を経営しておられる。2003年、ご縁があって、ある観光振興の事業で取材させて頂いた。

 戸村船長といえば標津の鮭、標津の鮭といえば戸村船長というぐらい、TV番組にも度々出演されている地元やギョーカイではユーメーな船長で、実際に出演しておられるのを何度も拝見している。

 取材当日は民宿「船長の家」に宿泊させて頂いた。その前の取材が長引いて、予定の時間より戻りが遅くなってしまった。船長は、「船長の家」別棟の「ちゃんちゃん番屋」(ちゃんちゃん焼きができる食事処)で、夕食の準備をしてずっと待っていて下さったらしい。

 お詫びしようとしたら、いきなり、「戻ってくるのが遅いから、先に飲んじまったぞ!」と、一喝された。大きなちゃんちゃん焼き用の鉄板を前にどかっとあぐらをかいて座り、傍らには今では見慣れた焼酎「ビッグマン」のビッグボトルが置かれ、かなりご機嫌斜めのご様子。

 ビビリながら、平身低頭お詫びし、乾杯をして宴会が始まった。船長は鉢巻きをキリリと巻き直し、「よし、いいか、これから焼くから、よく見ておけ。」と言い放ち、「ちゃんちゃん焼き」を焼き始めた。大きなテコを2本使ってデカイ鮭の両面を焼き、キャベツやタマネギ等の北海道産野菜をたっぷり載っけて、タレを豪快に廻しかけた。何でも奥様の京子(きょうこ)さんお手製のこの味噌ダレが味の決め手だそうで、ちゃんちゃん番屋に香ばしい香りが立ちこめた。手際よく鮭の身をほぐし、野菜とタレを絡めて、皿に取り分け、「さあ、食べてみろ。」と差し出された。

  熱々を口に運ぶと、「んーっ、こりゃあ、うんまい!」



険しかった船長の表情が一気にほころんだ。鮭は勿論、野菜も味が引き立ち、香ばしく焼かれて、ビールやお酒が進んだのは言うまでもない。この「ちゃんちゃん焼き番屋」は標津に来たお客さんに鮭番屋の雰囲気の中でちゃんちゃん焼きを味わってもらおうと建てたそうだ。

  宴とお酒が進むにつれ、船長のご機嫌もぐんぐん良くなり、「ガハハハ、鮭児(ケイジ)、知ってるか?」と尋ねられた。

 「ご高名だけは存じ上げておりますが、未だに目にしたことははく、食したこともございません。」とお答えすると、「よし、それなら、食べさせてやる、ガハハハ。」と、奥様の京子さんが鮭児のルイベをご用意下さった。

 鮭は通常、生まれたまたは放流された河川に通常は4年かけて回帰するそうだが、この鮭児(ケイジ)はロシアのアムール川生まれのシロサケが日本の河川に回帰する鮭の群れに迷い来んで回遊してしまい、10月~11月に北海道の太平洋及びオホーツク海沿岸の定置網で漁獲されたもので、魚齢2歳から3歳の2キロから3キロほどの成魚になる前の鮭。未成熟の鮭なので、「鮭児」と呼ばれ、1万尾に1〜2尾の割合でしか獲れないので「幻の鮭」とマスコミが取り上げたおかげで、非常に高値で取引されているらしい。卵巣や精巣が成熟する前なので身の方に栄養が蓄えられていて、脂肪率が成魚の2〜15%に対して20〜30%もあるそうだ。

 口に入れるととろけるようで脂が乗っていて旨い。「これはうま過ぎです。マグロの大トロよりうまいかも。」と言うと、「ガハハハ、マグロのトロなんて目じゃねえ、オレが獲ったんだから間違いねえ。」と、船長。便乗商法で、マガイモノの鮭児も出回っているそうだ。その後はよく覚えていない程、盛り上がってしまったのである。

翌日は定置網漁の取材にもご協力頂いた。サケの漁期は9月〜11月で、秋に多く獲れるので「秋あじ」、「秋サケ」とも呼ばれる。取材に伺ったのは8月だったので、網の種類は違うが、漁の仕方は同じというマス(カラフトマス)の定置網漁を見学させて頂いた。

 鮭について少し調べてみた。サケとマスの違いはご存知だろうか?

 どちらもサケ目サケ科の魚で、生物学的には明確な区別はなく、日本では昔から、鮭と言うと「シロサケ」のこと。元々、本州にそ上するサケ・マスは「シロサケ」と「サクラマス」ぐらいしか知られておらず、「サケ」と「マス」を区別すればよかったが、北海道の開発が進み、北洋漁業が始まると、別種のサケ・マスが存在していることがわかってきた。はじめは「シロサケ」をサケ、それ以外を「◯◯マス」と呼んでいたが、商売上の都合等で、「ベニザケ」や「ギンザケ」という呼び名で流通するようになったそうだ。

 英語では、海に行くサケ・マスをサーモン(Salmon)、行かない方をトラウト(Trout)という区別をしていると言われているが、こちらも元々英国には海に行くサケ・マスは、アトランティックサーモンしか分布していなかったので単純に区別できたが、北米大陸に進出すると、別種のサケ・マスが存在していることがわかり、名前を付けた後で海に行く種であることが判明したりで、例外もあるらしい。

日本の食品衛生法では、さく河性(海に下り、河に戻るもの)のものを「サケ類」、陸封性(海に下らない)のものを「マス類」と表示する義務があるそうで、例えばヒメマス(陸封性)とベニザケ(さく河性)は同じ種だが、市場に流通する際にはヒメマスとベニザケと区別されるそうだ。

 が、しかし、さらに調べると、和名ではマスノスケ(さく河性)なのに、キングサーモンという名称で流通しているのはわかるとして、サクラマス(さく河性)とヤマメ(陸封性)、サツキマス(さく河性)とアマゴ(陸封性)は同じ種、カラフトマス(さく河性)は米国ではピンクサーモンと呼ばれ、ニジマス(陸封性)を海での養殖用に改良した「サーモントラウト」という呼称の種まであるぞ???

 いよいよ話がややこしくなってきたのでこれぐらいにして、興味のある方は各自でお調べ頂きたい。

 翌日、早朝より鮭番屋に向かい2隻の漁船に乗り込んで定置網ポイントに向かった。戸村船長も船に乗り込むとすっかりプロフェッショナルの船長顔に変身される。10分程で到着し、こんなに近いの?と思ったが、それもそのはず、川に溯上しようと回帰してくるサケ・マスの行方を網で遮り、その習性を利用して定置網に追い込むのだ。河口に近い程、密度が高くなる。サケ・マス漁の漁業権は定置網漁を仕掛ける海域にあってその場所の良し悪しで勝負が決まるらしい。

 停船し、10人ぐらいの漁師さんたちは、網を引く準備を整え、掛け声をかけ、息を合わせて、一斉に網を引いていく。海面から上がった魚は元気よく跳ね回り、船腹の氷を張った生け簀に入れられていく。生け簀が一杯になると港に戻って水揚げをして、次の定置網を上げに行く。サケ・マス漁は時期が限られているから真剣勝負だ。

 漁の後、標津漁協と標津サーモン科学館にもお連れ頂き、サケ・マスのことをいろいろ教えて頂いた。身はイクラに栄養を取られないオスの方が美味しいのだが、イクラの取れるメスの方が高値だそうだ。しかし、その浜値を聞いて驚いてしまった。正月の新巻き鮭は一体どういう流通コストであの値段になるのかというような価格だった。

 サケ・マス漁は沖合漁業が中心だったが、海洋資源保護のため、近年では人工ふ化放流よる定置網漁が90%以上を占めているそうだ。毎年、その川に遡上して来た親魚から取り出した卵人工ふ化して、稚魚を放流し、約4年後に成長して産卵に戻って来たサケ・マスを河口付近で捕獲する。放流した約3〜4%が漁獲できるそうだ。一種の栽培漁法である。母川回帰のメカニズムはまだ明らかではなく、嗅覚説、太陽や磁気をコンパスに使う説、海流説やその複合説等があるが、決定的な説はないらしい。

 近年、放流量は減っていないのに、漁獲高は減少傾向だそうだ。多少の豊不漁の波はあっても、2年連続の不漁は滅多になかったそうで、3年も続けて不漁だと羅臼や標津に戻ってくる前に、北方領土近海で根こそぎ獲られてしまっている可能性が高いとおっしゃる。地元の漁師さんたちにとっては、ロシアの大統領や首相が北方領土に訪問したことよりも、もっと切実な問題だそうだ。

 標津町は知床半島と根室の間、野付半島の付根の辺りにある。国後島まで約24kmで「船長の家」のプライベートダイニング(船長と仲良しになると入室を許可される)からは、国後島を間近に望むことができる。小上がりのような座敷が有り、漁に出ない時は、船長は双眼鏡を片手に、日がら一日、誰からも頼まれていないのに北方領土の監視をしておられる。

 目と鼻の先にある国後島を実際に見ると、「こんなに近いのか」が実感である。我が国の領土であるはずなのに、ロシア巡視船は実弾で威嚇射撃をしてくるので、漁業操業は命懸けだそうだ。この船長の家に1ヵ月ぐらい投宿して、漁場に連れて行ってもらえば実情が身にしみてわかるだろう。口先だけでなく、1日も早く解決に向けて動き出すよう願わずにはいられない。そんなのを選んでいる有権者の責任も重い。

 「マスといってもカラフトマスは養殖してねえから、間違いなく天然もんだ。北海道のひとはサケと同じように食べるんだ。」と、船長。本州では「マス」と付いているだけで、市場価値が低く、主に缶詰の原料になっていたそうだ。近年、缶詰の需要が低くなり、確かに味はシロートが食べて「マス」といわれてもわからないので、魚卵は「マス子」としてイクラに加工され、身も中心に外食産業を中心に流通しているそうだ。

 でも、「鮭缶」「鮭の塩焼き定食」はあっても、「鱒缶」や「マスの塩焼き定食」ってメニューは見たことがないゾ。食品衛生法上、さく河性のものは「サケ類」だからいいのか?おっ,なんかニホイますなぁ。さらに、安い海外で養殖した「アトランティックサーモン」、「ギンサケ」、「サーモントラウト」等に押されてカラフトマスの取引値の状況は厳しいらしい。

 サケは元々、白身魚だそうだ、実際、サケの稚魚の身は白く、餌であるオキアミやヨコエビに多く含まれるカロチノイド系?のアスタキサンチン??という強い抗酸化作用を持つ色素によりサケ・マスの特有の身の色が付いているそうだ。「ならば、養殖サーモンの色はどうしてるの?」と、気になって調べてみると、大体予想通りで、下記のような記事も見つけてしまった。

 「養殖技術が確立しているアトランティックサーモンに大きく成長するキングサーモンの成長促進遺伝子を組み込み、従来の2倍の速度で成長する種の開発が実用化段階にあり、米食品医薬品局が認可すれば、アメリカ国内における遺伝子組み換え動物による食品第一号となる。」

 鮭だと思って食べていると・・・。でも、船長の獲った鮭しか食べないのでひと安心。

 その年の秋、船長から冷蔵の宅配便が届いた。発泡スチロールの箱を開けると、見慣れた鮭にしては小振りで優しい流線型の青みがかった魚が入っていた。「これはもしや。」と思って船長に電話してみると、「ガハハハ、獲れたんで送ってやったぞ。都会の人は魚をさばいたこともないだろ?やってみろ。」とのこと。出刃も持っていなかったので、慌てて近所のホームセンターで買ってきて、電話による船長の遠隔指導により、何とか3枚におろした。初めてさばいた魚が鮭児というのは嬉しいような嬉しくないような微妙な体験だった。イワシやアジで訓練しておくべきであった。

 包丁の刃に脂が絡んで、よく研いだハガネの包丁でもキレ味が悪いように感じる程、シロート目にも脂がのっているのがわかる。刺身におろして醤油にちょっと付けただけで、醤油の表面に脂が広がる。脂が甘く、舌の上でとろけるようで、至福のひとときを食させて頂いた。

 「子供も連れて来たらいいぞ。」とお招き頂いて、連れて行くと、流氷やタンチョウヅルを見に連れて行ってもらうわ、硫黄山の噴き上がる噴煙で温泉卵をつくって食べさせてもらうわ、漁に行く船に乗せてもらうわ、ホェールウォッチングに連れて行ってもらうわ、それは至れり尽くせりで子供は大喜び。

 で、冬場はちゃんちゃん番屋では寒いだろうと民宿棟にわざわざ囲炉裏を作って「ちゃんちゃん焼き」をご馳走して下さったり、自家製の鮭(秋あじ)と塩漬けと醤油漬けの2種類のイクラは勿論、近くの浜で獲った天然生ガキやウニ、京子さんが腕を振るって下さる魚の煮付け、海藻サラダや新鮮な魚介料理の数々が並ぶ。食べ切れないと朝から「いくら丼」という贅沢さだ。

 家に戻ってしばらくして、子供宛に冷蔵宅配便が届き、子供が箱を開けると、なんと生きたクリオネが・・・。子供心も完全にワシ掴みなのである。「船長とこ、いつ行くの?」と、毎年、せがまれているのは言うまでもない。

 「船長の家」では多くの体験・教育旅行の子供たちの受入れも続けておられる。飲んべで、一見、イカツそうな船長と子供たちとは合いそうになさそうなのだが、帰り際には、「帰りたくない」と、名残りを惜しんでべそをかく程、子供たちを手懐けてしまわれる。

 戸村船長ご夫婦は都会の子供たちが標津に来て、楽しそうにイキイキと過ごしているのを見るのが大好きで、あれもこれもと楽しませているようだ。「善い」「悪い」、「正しい」「間違い」が常にハッキリしていて、ダメなことには厳しいが、よいことにはとっても優しい。子供たちは大人をよく見ていて、見た目は怖そうだが、根は優しい船長をよくわかっているのである。きっと都会の子供たちには珍しい大人なのだと思う

 某年某月、船長が東京の某病院に入院したというので、見舞いに伺った。目の再手術と聞いていたので、眼帯か包帯を目の周りに巻いて病床に臥せって、苦しんでおられる姿を想像していたのに、ベッドにあぐらをかいて豪快に笑っておられた。

 ご本人のお話によると、船で滑って転倒して、舵で顔面を強打し、眼底が陥没骨折して、北海道で2度手術を受けたが、経過が思わしくないため、「船長の家」の常連である医師のご紹介により、東京で再々手術を受け、今度は成功したそうだ。

 ケガをした日は、顔中が腫れ上がり、痛みを紛らわすのに焼酎、「ビックマン」を飲み、一晩冷やしても治まらないので、翌朝、病院に行くと、「酒臭いですが、こんな大ケガをしてお酒を飲んではダメです!」と、看護婦さんに叱られたそうだ。

 口腔から手術して、何針も縫っているというのに、特に痛みもないそうで、手術の翌々日から起き上がり、普通に食事をしているそうで、見舞いに行った当日も一緒にそばを食べた。


「こんなの何でもねえ。ただ、縫った糸が口中にあって、食べ物が引っかかってしょうがないんだ。ナガスクジラがどうしてエサを食ってるのがわかったぞ。ガハハハハ。」と、ビックマン戸村船長に不死身の称号も加わり、豪快伝説はこれからも続く・・・。

 別れ際に「また、標津に来いよ。」と、ゴツイ両手でカヨワイおっさんの手をしっかりと握られてしまった。見舞いに行って、反対に元気をもらってしまった。

 標津町は鮭漁をはじめとする漁業、水産業、また酪農の町であるが、過疎化が続いている。主に公共工事の需要を見込んできた宿泊業は、それが激減して厳しい状況が続いているそうだ。

 この辺りは鮭漁だけしかしない漁師さんも多いそうだが、戸村船長は漁師という仕事が好きで、カスベ(エイの一種)、カレイ漁をはじめ、一年中漁に出ておられる。北海の漁師の生活を都会の人たちに体験してもらいたいと民宿を始めた。

 「だから民宿なんだ。旅館にするつもりなどねえんだ。今頃になって、標津町もエコ・ツーリズムとか、体験旅行だ、教育旅行だと言ってるけど、オレはずっと前からやってきたんだ。ビクともしねえ。この寂れた街を歩いてみろ、地元の人が楽しく暮らしていないところを訪ねても誰も楽しくなんかないだろ?」と、戸村船長。

 ぶっきらぼうなように見えて(恥ずかしいからそう見せているという説もある)、相手やお客さんがどうすれば喜ぶかを常に考えておられる。

 戸村船長ご夫婦から、「あづましいな。」という北海道の言葉を良く聞く。調べてみると、東北の下北弁の「吾妻しい=我が妻がそばにいるような居心地の良さ、気を遣わない快適さ、安心感」が語源で、「快適、心地よい、具合が良い、気分が良い」をさす言葉だそうだ。

 まさしく、船長ご夫婦こそが、「あずましい」ご夫婦であり、「あずましい」戸村船長・京子さんご夫婦の人柄が多くのリピーターのお客様を惹き付けて止まないのである。

 「魚を捕る為に魚探は使うが、パソコンは一生使わなねえ。」と豪語される船長の「船長の家」にはヤワなホームページ等はない。

 コレゾ財団・賞の趣旨をご説明して、受賞のお願いをしたところ、

 「なんだがよくわかんねえが、何があってもオレはビクともしねえ。」

と、あずましいお言葉を頂いた。

 COREZO(コレゾ)「見かけはイカツイがとってもあずましい、ビックマンが似合う北海の豪快な船長」賞


戸村正信(とむらまさのぶ)さんと標津「船長の家」に関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。

 

COREZO(コレゾ)賞 事務局 (最終取材2012.08.編集更新2012.11.02.文責 平野龍平)

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