谷本耕一さん

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COREZO(コレゾ)「公共の宿の現場一筋、地域全体の魅力向上に取り組む支配人」賞

谷本 耕一(たにもと こういち)さん

 
岡山県総社市

国民宿舎サンロード吉備路 支配人

http://www.sunroad-kibiji.com/

 

ジャンル

観光・地域振興

公共の宿 支配人





経歴・実績

      三重県四日市市生まれ

1974年 現一般財団法人休暇村協会 入社 館山(千葉)配属

1977年 雲仙(長崎)

1982年 大阪営業所

1983年 近江八幡(滋賀)

1985年 福岡営業所 記者クラブ事務局長

1990年 協会本部(東京)

1992年 妙高(新潟)支配人

1997年 那須(栃木)支配人

1999年 国民宿舎 能登小牧台(石川)支配人

2003年 国民宿舎 上野村(群馬)支配人

2005年 日光湯元(栃木)支配人

2008年 志賀島(福岡)支配人

2010年 国民宿舎 サンロード吉備路(岡山)支配人

2011年 定年退職後、契約職員として勤務継続

 受賞者のご紹介

 谷本さんは国民休暇村や国民宿舎等の公共の宿の現場を渡り歩いて来られた。能登小牧台時代に初めてお目に掛かったのだが、「自社の施設だけでなく地域全体の魅力を高め、集客しないと長続きしない。」、「お客様の予想を超えると、満足度は高くなる。」というのが谷本さんのポリシーだ。

 全面改築し、新規オープンに等しい形で村営の国民宿舎「能登小牧台」の支配人を託され、開業3年で、国民宿舎約230軒中利用率10位、人気度10位にランキングされるまでに評判を高めた。その理由を問うと、

 「オープン当初は何もしなくても、お客様が来て下さるが、最初の評判が後々に大きく影響します。雇用したスタッフはほとんどが未経験者でした。そんなスタッフでも十分対応できるよう、無理をせず、客室稼働を宿泊定員の半分程度に絞りました。地元名産の牡蠣を食べて頂くバーベキュー施設も完成していましたが、その年の営業は見送りました。当時の所有者である中島村からは批判の声も聞かれましたが、私の方針を通しました。その分、スタッフの教育、特に経験がなくてもできる清掃を徹底しました。結果として、スタッフを萎縮させる原因となることが多いお客様からのクレームもあまり頂かずに済み、反対にお褒めの言葉を頂く機会が増えて、スタッフはやりがいを感じてよりいっそう業務に励むようになりました。お客様に四季折々の施設と施設周辺の見どころ、魅力をご案内する『四季の案内』等もスタッフたちが考えてやり始めたことです。スタッフの習熟度に応じて、客室稼働も増やしていったのですが、最終的にも2部屋だけは予備で残し、どんな状況にも対応できるようにしました。そんなことの積み重ねで、評判が評判を呼んだのだと思います。」

 「能登小牧台は桜の時期には全室から手前の桜とその桜の向こうに海と能登島が広がる眺望が最大の売りです。私の知る限り、あのような絶景は他にはないと思いますが、敢えて宣伝をしませんでした。何も知らないでお越し頂いたお客様が、障子やカーテンを開けたとたんにその絶景が目の前に広がれば、情報を知っていて、ご覧になるより、嬉しいでしょ?期待が現実を上回っている場合はクレームにも繋がりかねません。何も期待していなかったお客様の方が確実に喜んで頂けますし、喜んで頂いたお客様はリピーターになってまたお越し頂けます。変に期待を煽らない方が良い結果に繋がることもよくあります。」

 一施設のサラリーマン支配人で、地域全体の町おこしまで考えている人は少ないのでは?

「そうですね。私たちは大体2〜3年で施設を替わっていたので、サラリーマンとしては、その間に結果を出さないと、査定にも響く訳です。福岡で記者クラブの事務局長をしていた頃にマスコミ対応やいろいろなマスコミへのPR事業にも関わって、マスコミ関係の方々との交流が広がり、さまざまな地域の実情も知るようになりました。そのうちに親しくなった地域の方からも直接、相談を受けるようになり、自分なりに考えたり、アドバイスをしたりしているうちに、一施設の営業努力だけでは、自ずと集客には限界があり、その地域全体で、地域の魅力をよく理解して、その魅力の向上と集客の努力を継続しないと、将来に繋がらないことに気が付きました。それから、単年度や赴任期間中の2〜3年で評価されるより、長い目で見て、自分が納得できる仕事をしたいと思い、取り組んできた訳です。」

 「地域振興などと言い出すと、公共の宿という性格上、地元行政との戦いになります。『一公共の宿の雇われ支配人が何をえらそうに。』と思われる訳ですね。妙高には支配人として赴任しましたので、冬場のスキーだけではなく、春、夏、秋からお客様を呼び込もうと地域全体に呼び掛けて、最初は賛同して下さる方も増えて、よかったのですが、新潟というと『米』ですよね?地元の『米』を地域全体で提供しましょうと提案すると、途端に、『食材にまで口出しするな。』と、反発を食らう訳です。」

 「あの御巣鷹山のある上野村は、赴任してみると、実に観光資源の乏しいところだったのですが、元々、林業の盛んな地域で、炭焼き名人等、山仕事の達人が沢山おられて、そんな炭焼きや山での自然体験が上野村の魅力になると確信しました。今の体験ツアーのハシリですね。当時の名物村長の熱血的な行政手腕にも意気に感じて、村役場の職員他からの反発を食らいながら、さまざまな取組みに協力しましたが、その村長の退任に伴い、志半ばで、私も去ることになりました。今となっては難しいのですが、もう一度赴任できるなら、上野村でやり残したことに取り組みたいですね。」

 「日光湯元では、10年近く続く、『森のコンサート』が補助金の打ち切りで、存続の危機に直面していました。ご存知のように、何でも止めるのは簡単ですが、復活させるのは始める以上のエネルギーも時間も必要です。そこで、世話役を買って出て、会場となっていた5宿泊施設に声をかけ、資金集めをしました。また、オープンスペースも会場に加え、他の地域の宿泊客も気軽に参加できるようにしました。結果として、他の地域や施設でも広報してもらえるようになり、集客も増え、カンパも集まるようになりました。その他にも雪祭りで、戦場ヶ原での星座観察会や流星観察会を開催しましたが、これも沢山のお客様にお越し頂いたので、無料送迎が大変でした。全てボランティアでまかないましたが、地元の協力体制が確立でき、年々、リピーターが増え、後々の商売に繋がっています。このように、お金儲けが先ではなく、先ずお客様に喜んで頂くことが大切です。儲けや効率だけを重視していては何も見えてきません。」

 「今、このサンロード吉備路でも地産地消に取り組み、地元のものを優先して提供しています。地元の農業高校が生産するトマトや名産品の赤米や塩麹、併設している産直の農産物等を積極的に使っています。私どものような公共の宿は、地元の皆さんや民間企業とどう上手くやっていくかが鍵で、地域全体が良くなる取組みを続けていれば、必ず認めて頂けますし、地域全体の魅力を高めることが、私どもの施設への集客にも繋がります。実は、この施設には、珍しいものがいるんですよ。許可をもらって鶴を飼育しています。後でご覧になって下さい。」

 「昨年、定年を迎えて、契約職員となりました。この先、いつまで勤務を続けさせてもらえるかわかりませんが、退職後に余裕ができれば、大好きな歴史を学び直したいと思っています。また、私は自分で事業を興してというタイプではないので、声をかけて下さるところがあれば、地域を元気にする地域振興の仕事に携わりたいとも考えています。」

  谷本さんとはご縁があり、折にふれ、その時勤務されていた施設でお目に掛かっている。コレゾ賞の構想の段階から、受賞のお願いをしていたのだが、「コレゾ財団と賞の趣旨には大賛成です。受賞者としてふさわしいかどうかはわかりませんが、こんな私でも何かのお役に立てるなら。」と、ご了解頂いた。

 COREZO(コレゾ)「公共の宿の現場一筋、地域全体の魅力向上に取り組む支配人」である。

 

谷本 耕一(たにもと こういち)さんに関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。


COREZO(コレゾ)賞 事務局 (最終取材2012.06.編集更新2012.11.02.文責 平野龍平)

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