蜷川洋一さん


COREZO(コレゾ)「創業時の風味を復活!おいしい仕込み水と空気、環境がある山間の閉校活用のしろたまりづくり」賞

蜷川 洋一(にながわ よういち)さん

愛知県碧南市

日東醸造株式会社 代表取締役社長

http://nitto-j.com/

 ジャンル

食・食文化

醸造業

白しょうゆ・しろたまり製造・販売

 





経歴・実績

大正初期  両口屋商店 創業

1957年 日東醸造(株)に改称

1995年 「三河しろたまり」発売

1999年 「足助仕込蔵」新設 「足助仕込三河しろたまり」発売

食糧庁長官賞他受賞多数

 

受賞者のご紹介

滋賀県大津市で山岡 康人(やまおか やすひと)さんご夫婦が経営する「ヘルスステーションけんこう舎」の商品陳列棚に「しろたまり」なる調味料を見つけた。

 「これって、白しょうゆなんですか?」と尋ねると、「びみょーにちゃうねんなぁ。そこの社長、なかなかおもろいからいっぺん行ってみる?」と、山岡さん。

 コレゾ賞受賞者の山岡さんが選んだ商品なので、モノは間違いないはず。てなことで、2012年の10月になって、愛知県碧南市なる未知の(行ったこともなければ、どこにあるかも知らん)へ出掛けた。

愛知県碧南市は、市のホームページによると、「県庁所在地の名古屋市から40Km圏内に位置し、北は油ケ淵、東は矢作川、西・南は衣浦港と、周囲を水に囲まれ、地形的には標高約10m強の碧海台地と矢作川沖積地からなる平坦地」らしい・・・。よーわからん。皆目わからん。

  ワタクシ的には、「知多半島と渥美半島の間にあり、知多半島を挟んで西側にある中部国際空港の反対側の辺り。」で、伝わるだろうか?

 不測の事態にも備えて予定の時間よりかなり早く到着した。応接に通され、「どーも、遠いところを、ガハハハ・・・。」と、社長の蜷川 洋一(にながわ よういち)さんが満面の笑みでご登場。「こりゃ、かなり儲かってはりまんなぁ。」と思いつつ、通り一遍の挨拶の後、お話を伺った。

日東醸造本社のある碧南市は三河湾に面していたので、古くから海運や塩田で栄え、「白しょうゆ」発祥の地で、ほかにも清酒、みりん、たまり醤油など醸造業が盛んなところだとのこと(蜷川社長談)



 で、「白しょうゆ」って何?「しろたまり」って何?となる訳だが、醤油は、鎌倉時代に禅僧が中国から味噌の製法を伝え、たまたま水分量を多く仕込んだ味噌の上澄み液が醤油の原形で、金山寺(きんざんじ)味噌も造っていた和歌山県の湯浅が発祥の地といわれている。日本農林規格(JAS)では、「しょうゆ」と表記され、その製造方法、原料、特徴等から「こいくち」、「うすくち」、「たまり」、「さいしこみ」、「しろ」の5種類に分類されているそうだ。

 「たまり」豆味噌を絞って抽出した液体。小麦は使わないかごく少量。「こいくち」たまり醤油の原料に小麦を配合して改良したもの。「うすくち」こいくちより麦を浅く煎り、仕込み時に麹の量を少なく、塩水の比率を高くし、酒を加えるのが特徴。「さいしこみ」仕込み時に塩水の代りに生醤油や醤油を用いる。「しろ」小麦が中心で大豆は少量、またはほとんど使用しない醤油らしい(日本醤油協会とかwiki他調べ)。

 「うすくち」は大豆5:小麦5で塩分濃度の高い塩水で仕込む。「しろしょうゆ」は小麦9〜9.5:大豆1〜0.5で、色は「うすくち」よりさらに淡く、琥珀色。味は淡白だが、コクと甘みがあり、独特の風味がある。刺身醤油やつけ醤油よりも煮炊き料理に向くそうだ(蜷川社長談)。醤油にはない独特の麦味噌のような風味がある(筆者談)。 

江戸期福岡藩の医者であり儒学者でもある貝原益軒が著した「養生訓」に「麦醤(むぎひしお)」という言葉が出てくるそうだ。

 味噌や醤油の原型である「醤(ひしお)」は中国大陸から伝わり、西暦600年ごろの中国の農業書には、豆醤や麦醤の記述があり、他にも肉や魚といった動物性蛋白質からも、保存のために塩漬けしておいたら自然に醗酵したような醤が存在し、日本で初めて文献に登場した白醤油の原形が、この麦醤だそうだ。

 白醤油業界では、貝原益軒より少し後の1800年ごろ、三河国新川(現・愛知県碧南市新川町)でその生産が始まったといわれているが、きちんとした文献がなく、いわゆる伝承の世界。何れにしても江戸時代中期から後期にかけての時代に、麦から作る醤油のようなものが誕生したようだ(蜷川社長談)。




 で、「しろたまり」だ。名付け親は先代(蜷川社長のご尊父様)で、この名称は江戸後期の文献にもあり、三河地方では昔は白醤油の別称としてあったそうだ。「三河しろたまり」は、かけ水(塩水)を通常の白醤油の半分にした濃い仕込みをするので、黒いたまり醤油の仕込みに似ていることもネーミングの理由とのこと。

 昭和の終わりか平成の初め頃に先代が、「今の『白しょうゆ』は、初代から引き継いだ頃の味とは違う。昔の味を復活させたい。」と、研究、試作を始めた。通常の白しょうゆは麹1:塩水2だが、麹1:塩水1にしたところ、濃厚な味に仕上がった。当時、営業担当専務だった蜷川さんが顧客に味見をしてもらい、感想を聞いてくることになった。

 営業先はほとんどが飲食店の店主や板前さんだったのだが、ある自然食品店の店主から、「昔ながらの製法で、原料から見直さないと昔の味なんて再現出来ないのでは?」と言われて、自然食品には何の興味も持っていなかったのだが、その時、ハッと気が付いた。

 原料は米国産小麦に工業化されたイオン交換膜製法の塩、既に仕込樽も地元に職人がいなくなってFRP製に替わっていた。

 「跡を継げとは言われたこともなかったのですが、親の背中を見て育ち、自分から家業を継ぎました。父も変わっているというか、こちらから尋ねると、自分ならこうすると答えてくれるのですが、私のすることに一切、口出しをしない人で、そろそろ社長を引き継がせて欲しいというのも私から言いましたし、『しろたまり』の件もいつの間にか私が継いでいました。」




 「原料を見直すことから始めました。モノづくりに携わる者が一旦、スイッチが入ってこだわり始めると際限がないというか、かつてはこの近郊で生産された小麦を使っていたでしょうから、地元の生産者を捜すところからです。塩はもうこの辺りでは作っていないので、『しろたまり』に相応しい塩を見つけるのに日本全国だけでなく、世界中から取り寄せました。」

 「試作すると言っても仕込みに数ヶ月掛かるので、納得のゆく製品にするには何年も掛かりましたが、ようやく父も『これならいいんじゃないか』という製品に仕上がりました。」

 「でも、一番気になっていたのは仕込水なんです。自社の敷地内には井戸があって、かつてはその水を使っていたと思うのですが、保健所は上水でないとダメの一点張りで、浄水器に通した水道水を使っていたのですが、原料を厳選してきたのに、最もたくさん使う原料の水が水道水であることをどう見直すかだったんです。」と、蜷川さん。

 平成10年頃、おいしい仕込水を探していたときに、あるセミナーで旧足助(あすけ)町大多賀地区(現豊田市大多賀町)を訪れ、当時、町助役で、観光カリスマにも選ばれた、知る人ぞ知る地元の名物おじさんに出会い、



「この辺においしい水はありませんか?」と尋ねると、

「おんしゃーなにもんじゃい!」

「碧南の白醤油屋です。」

「ブランド水はないが、地元の人がおいしいと言う湧き水や井戸水ならある。」

  というような会話から、昭和の終わり頃に閉校になった地元の旧「大多賀小学校」を紹介された。敷地内の井戸の水は確かにおいしく、当初はタンクローリーで碧南市の本社工場に運ぶつもりだったが、大多賀の自然環境があまりに素晴らしく、蜷川さんは一目惚れしてしまったという。その上、標高720mという夏場でも涼しい涼冷な気候は「しろたまり」の色をより淡く仕込むのに最適で、この地で「しろたまり」を作ったらもっと良いものができるのではと考え始めた。

 件の助役に相談したところ、町も閉校した5校の再利用方法を検討しており、地区住民20世帯の同意を条件に、成功事例づくりとして協力してくれることになった。



 地区住民の夜の集会に参加したり、碧南市の本社工場見学に招いて、仕込みの時だけ本社工場から社員が伺えば作業は完了するので、地元の雇用は生じないこと等を正直に説明した。そのうちに理解者が増え、10年間使われていなかった木造2階建ての校舎を貸してもらえることになり、床を外してコンクリートを打ち、仕込蔵に改造した。

 「ちょっと待って下さい。今度は保健所は許可したのですか?」

 「ガハハハ、生産拠点の保健所が許可するので今度は足助の保健所ですよ。最初は渋ってましたがね、仕込み毎に水質検査しますと言ったら、半年毎でいいことになちゃった、ガハハハ。」

 平成10年に碧南仕込から足助仕込に変更すべく準備を始めた。まずは、小さな桶でテスト仕込みし、季節変化を知るために時期をずらしながら1年で4回実施して、翌11年から、晴れて「足助仕込三河しろたまり」として世の中に登場した。 

 社員の反対にもめげず、2年かけて碧南から足助に仕込桶を移し、「三河しろたまり」は全量「足助仕込三河しろたまり」に生まれ変わった。17本ある仕込樽は全て廃業された酒蔵から頂いた清酒の仕込桶を転用したもので、年代物のため、近い将来、何本かは更新しなければならず、頭を悩ませておられたが、最近、新しく木桶を作ってくれるところがみつかったそうだ。


大型施設、ホテル等の木製貯水槽メーカーで、正確に言うと、これまで使ってきた伝統的な日本の仕込桶とは少し違うらしいが、これで将来の不安がひとつ解消されたという。

 製造工程を簡単に紹介すると、「しろたまり」の麹は地元愛知県産小麦100%で、大豆は全く使用しない。製麹(せいぎく)と呼ばれる麹造りから醤油造りは始まる。まず粒のままの小麦の表面を10%ぐらい削って製麹機(せいぎくき)に投入、いったん水に漬けておいてから蒸す。

 蒸し上がったら冷まして種麹を付け、そこから約24時間、温度と空気をコントロールしながら時々手入れをして製麹。これが最も重要な工程で、ここで良い麹ができれば、良い「しろたまり」が出来たも同然だそうな。

  機械で麹を造るようになっても、やはり、いい麹造りには職人の知恵と技術、経験や勘が不可欠で、原料小麦の状態から製麹中の3日間の気温と湿度をふまえて、水に浸す時間を決め、温度の設定と空気送風時間を設定、途中状況を見ながらさらに調整する。

 あと、欠かせないのが機械設備を清潔に保つことで、少しでも手を抜くと、汚れから雑菌が繁殖し、すべてをダメにしてしまうそうだ。

 3日目の朝、出来上がった麹を取り出しトラックに積み、「足助仕込蔵」に向かって出発。これを出麹(でこうじ)という。 

「足助仕込蔵」では、汲み上げた井戸水で伊豆大島の伝統海塩「海の精」を溶かして塩水を作り、桶に麹を入れ、その塩水を合わせる。麹と塩水の比率はだいたい11で、仕込み期間は3ヶ月だった碧南より5〜6度気温が低い、標高720mの足助では約4カ月間、きれいな空気と美しい自然の中で静かに寝かせる。

 「足助仕込蔵」で生引(仕込樽から出す)した「しろたまり」は碧南本社工場へと運ばれて、調合と濾過(ろか)を行なう。調合では、桶ごとに少しばらつく塩分濃度を17.5%にそろえるために分析して必要量の「海の精」を追加し、さらに瓶詰後の醗酵を抑えるために米焼酎を少量加える。 



 「しろたまり」は、加熱すると色が濃くなり、生の麦麹の香りが変わるため、生のまま火入れ(加熱殺菌)をしないので、そのまま瓶詰すると、発酵が進んで、夏季はバクハツするそうだ。業務用白醤油なら醸造用アルコールを使うが、「しろたまり」には合わないので、米焼酎(三河みりんの原料焼酎)を少量加える(筆者註:三河みりんは非常に上質、上等なみりんとして有名)。

 その後、普通の醤油屋さんではほとんど使われない縦型珪藻土濾過機で濾過することにより、ある程度の除菌もなされ、これで透明感のある製品の「しろたまり」となって、出荷される。

 「足助はここ碧南から車で2時間もかかるのでしょ?社員の皆さんの反応はどうだったのですか?」と尋ねると、 

 「ガハハハ、最初は、社員はみんな、また私の思いつきで、冗談でしょ?って。でもね、その思いつきが見事に当たりましてね、試験仕込みの結果が良くて、足助の水や空気、気候風土が『しろたまり』の仕込みに適していたんですね。いいモノが造れるとなると職人は苦労を惜しまんのですよ、ガハハハ。」

 「他所者の私たちが山里の静かな集落で仕事をさせてもらうために一番大事なのは地元の皆さんとの信頼関係でしょ?足助に仕込蔵を移して『足助仕込三河しろたまり』としてリニューアル発売した平成11年から、社員総出で用意をして、集落の皆さんをご招待するイベントを始めたんです。といっても最初は地元の皆さんと社員が7〜80名程参加して交流する、ただのバーベキュー大会みたいなものだったのですが、以来、毎年の恒例となり、お得意先や消費者の方にも来ていただけるようになって、今年はマグロの解体ショーをしたりで、参加者が450名を超える地区で最大のイベントになりました。」

 「それからね、7〜8年前から、仕込蔵そばの畑をお借りして小麦栽培実験を始めました。きっかけはいつものように私の思いつきですが、ずーっと小麦で麹を造ってきたけれど、小麦のことを知らない自分に気づいてしまったんですね。勉強するには作ってみるのが一番と、蔵のお向かいさんに相談したら、耕作していない畑をタダで貸して下さった。以来、毎年のイベントを収穫祭として、お客様と一緒に麦刈をするのですが、収穫が6月末ごろになり、梅雨の真っ最中で、しょっちゅう雨にたたられまして、毎年、どうか雨だけはふらないでーってね、ガハハハ。」と、蜷川さん。

 「んーっ、なんかええ話ばかりなんで、ぜーんぶカットですね。ところで、白しょうゆとしろたまりの違いをまだ伺ってませんが?」と尋ねると、

 「ガハハハ、そうそう、それそれ、ちょっとメンドーな話なんですが、現行JAS法では、大豆は醤油の必須原料で、小麦だけで麹を造ったら法律上、醤油ではないそうです、ガハハハ。なんか他人事みたいに言ってますが、実は、大豆を一切使わずに麦だけで造っているのはウチ1社だけなんです。一応、JASの規定は調べていたんですが、勉強不足だったのでしょうね、JAS認定を受けなければいいんだと思い込んでいましてね、平成6年の発売開始当初は、堂々と『しろしょうゆ』と表示してスタートしたんですよ。それから7年も経ってから、農水から『醤油と表示するな』という警告文書が来て、醤油には品質表示基準があり、それに抵触していることを初めて知ったんです。」



 「法的には原料として大豆をどんな割合で、どれだけ使えという規定はないので、1トンの小麦に1粒でも原料として大豆を使えば、『醤油』と表示できるのですよ。そうしようかとも思いましたが、顧客の皆さんから、アンタは『醤油』を名乗りたいがために信念を曲げるのか?という声をたくさん頂きましてね。だから、今は農水のお役人と相談して『小麦醸造調味料』と表示していますが、私は全く納得していませんよ。古来、麦醤というものがあった訳ですからね。平成15年に農水省の規格部会に出席して自論を主張しましたが、全く反応なしで、相手にもされませんでした、ガハハハ。『しろたまり』は商品名として辛うじて認めてもらいましたが、今の表示名はまがい物みたいで本当に残念です。」と、蜷川さん。

 「いやはや、こんな話もありましてね、日本で品質表示法上、麻と表示できる繊維は亜麻と苧麻(ちょま)のみで、本来の麻(大麻)は指定外繊維らしいですよ。原料の大豆、小麦がどこの国でどのように生産されようが、遺伝子組み換えであろうがなかろうが、テキトーな水道水と工業生産された塩化ナトリウムで大量生産された原料醤油を桶買いして、テキトーに甘味料や化学調味料、醸造用アルコールを混ぜようが何をしようが、法的には全部ショーユなんですから、そんなんと一緒にされるよりはええんちゃいます?ワタクシ的には、ショーユであろうが、小麦醸造調味料であろうが、造ってる人を見て買いますけどね。こだわりを持って、ちゃんとやることはやって、堂々と我が道を行く『しろたまり』、カッコええやないですか?コレゾ賞ってそんな賞なんですけど、受賞してもらえます?ガハハハ。」とお願いすると、

 「ガハハハ、そう言ってもらえると嬉しいですね。ま、表示はともかく、『しろたまり』自体が全国的によく知られていないということは、まだ販売する余地がたくさんあるということなんですね。実は、日本を飛び越してアメリカに売って出ちゃたんですが、見事にヘタを打ちました。でも、そこから学んだことは大きかったですよ。今でも商社経由で細々と輸出はしていますが、身の程を知って地道な営業に専念しています。ガハハハ。」

 「コレゾ賞のサイトは見ましたよ。おもしろそうですね。ガハハハ、ここまで来てもらってお断りする訳にはイカンでしょ?えっ?12月8日が表彰式?ありゃー、もう予定が入っていますが、ちょっと調整させて下さい。」と、蜷川さん。

 2日後にはご出席のご連絡を頂いた。来年も開催される足助の収穫祭には是非、参加させて頂きたいと思っている。


COREZO(コレゾ)「創業時の風味を復活!おいしい仕込み水と空気、環境がある山間の閉校活用のしろたまりづくりである。


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メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。


COREZO(コレゾ)賞 事務局 (最終取材2012.10.編集更新2012.11.02.文責 平野龍平)

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