馬場 猛さん



COREZO
「自然に寄り添う、水車動力と天然素材だけのお線香つくり」賞

馬場 猛(ばば たけし)さん

福岡県八女市上陽町

馬場水車場 代表

線香製造業

※馬場さんの後ろで廻っているのが水車

ジャンル

伝統文化

自然エネルギー

天然素材だけの線香製造


経歴・実績

1918年 馬場水車小屋の前身が八重谷集落住民の共同出資で建設される

      当時の集落の出資額は2,630円(現在の約6,000万円)に及んだという

1961年 馬場家に引き継がれる

1975年 安価な原材料の輸入が始まり、地区の水車場は7軒にまで減少

1987年 「現代の名工」水車大工、故中村忠幸さんの遺作となった水車が竣工

2008年 故中村棟梁の最後の弟子、野瀬 秀拓(のせ ひでひろ)さんとご子息の翔平(しょうへい)さんの手により再建

受賞者のご紹介

 皆さんはお線香が何から作られているかご存知だろうか?

 ご先祖さまをお祀りしている実家の仏壇やお墓に参る時に、お線香に火を点けて供えていたが、何から作られているか考えたこともなかった。試しに周りの人にも尋ねてみたが、年配者も含めて正解率は1割にも満たなかった。

 福岡県八女市にお線香、それも水車を動力にして、ほんもののお線香を作っておられる方がいらっしゃると聞いて、元八女市職員の北島 力(きたじま つとむ)さんに尋ねてみると、「馬場水車場を応援する会」の事務局は、以前、ご紹介頂いた朝日屋酒店の高橋 康太郎(たかはし こうたろう)さんだという。さっそく連絡を取って頂いたのだが、高橋さんはお留守で、馬場さんも電話に出られない。

 「作業中は電話に出られんのかも知れない。」と、ダメ元で住所を聞いて直接伺ってみることにした。



 ナビを頼りに、八女市内から山あいの道路を横山川沿いに上って辿り着つくと、何やら車が沢山止まっている。黒塗りのハイヤーも止まっていたので、「これは何かの取材が入っているな。」と直感したが、案の定、TV取材の最中だった。

 挨拶だけして出直そうと思ったら、馬場さんはニコニコして、「もう終わるけん、ちょっと待ってて。」と、おっしゃる。カメラ撮りが終わって、「ごめん、ごめん。今朝は7時からずーっと、この取材で・・・。」、「お疲れでしょうから、出直しましょうか?」、「いいよ、いいよ。せっかく来てくれたけんが。」と、こちらの用件は何も聞かないまま、水車場を案内して下さった。

 「質問していいですか?申し訳ないですが、多分、今の取材とかぶって、二度手間になると思うのですが・・・。」、「いいよ、いいよ、気にしないで何でも聞いて。」と馬場さん。

 「お線香って、何から作るか知ってる?杉の葉を乾燥させて、この水車で突いて粉にして、杉粉だけでは固まらないから、


粘着性のあるタブノキの葉も混ぜて練って固めるの。そうね、季節によっても配合の割合が違うけど、タブ粉が3割ぐらいかな。」

 「水車場の入口の倉庫に杉の葉がいっぱい積んであっただろ?この辺りの山、杉だらけだろ?でも、ウチの山だけでは足らないから、他にも頼んで、伐採したり、間伐したり、枝打ちしたのを集めて来るの。廃棄するものだからタダって?ハハハハ、向こうもこっちが原料に使うの知っているから、ちゃんと払うよ。でね、このリヤカーに積んで運んで来て、葉の部分だけを切ってさらに裁断機にかけて、自然乾燥だけでは間に合わないから、この火室で乾燥させるの。残った枝も薪と一緒に燃料にするから、ムダにはせんと全部使うよ。」 

 「でね、乾燥の終わった杉葉をダクトで送って、この水車の動力で動く、15本の杵で丸一日搗いて製粉。この水車で1日800kg製粉できる。搗き上がった杉粉も水車の動力で、上に上げて、ふるいにかけて、袋詰めして出荷。杉粉の荒いもの



は、もう一度杵搗きに戻す。これだけの作業が、かーちゃんと2人でできちゃう。すごいでしょ?この水車。」
 スゴイ、確かにスゴイ。「しばしも休まず杵搗く響き〜♪」で、働き続けている。先人の知恵に感心しきりだ。

 「ウチは杉粉とタブ粉を線香のメーカーや卸業者に納めるだけだったのだけど、色素だとか香料だとかどんな化学物質が混ぜられているかわからないでしょ?だって、線香は食品ではないから、成分も表示されんけん。この色が自然で、天然の色なのに、売っているのは緑だとか、紫だとか・・・。ウチで製粉した杉粉とタブ粉もどんな製品になっているのかわからない。蚊取り線香も昔はこれに乾燥した除虫菊の粉を混ぜて固めただけだったけど、今は、なんだか知らない殺虫の薬品を入れて、人には安全だとか言ってるけど、何だか身体に良くなさそうでしょ?でね、ウチで、昔ながらの杉粉とタブ粉だけのお線香も作り始めたの。」

 「杉粉とタブ粉を水で練ってね、この機械で韓国冷麺のように押し出して、この段ボールの片をヘラのように使って、ほら、こんなふうにすくって、切り取って、乾燥室で乾かして、出来上がり。これは杉粉の代わりに八女特産のお茶の粉を使った試作品。売り物にするにはもうちょっとかかるかなぁ。」

 「ちょっとこっちに来て、あの小さい水車は発電用。もう少し出力の大きい発電機にしたら、ウチの電力は全部賄えるって。作ってくれた野瀬さんが言ってたよ。水車大工の野瀬さんところへも行ってみたらいい。」と、一気にご説明頂いて、水車小屋とご自宅の間のテーブルに移動して、奥様がご用意下さったお茶を頂きながらさらにお話を伺った。




福岡県南西部の八女地方は、お茶の産地として有名だが、かつては、森林と水の資源が豊富で、伝統的な水車を動力源にして、線香の原料となるスギやタブ粉も生産が盛んだった。全国一の水車の集積地でもあったそうで、自然の資源とそれを活用する知恵と水車大工の技術が支えて来たという。
 この水車場は約100年前に集落の人々が共同で建設し、1961年に馬場家の所有となった。近年は台湾や中国をはじめとする海外からの輸入粉におされて、最盛期には40軒以上あった水車を動力に使っている製粉場は、今では2軒しか残っていないらしい。

 この製粉動力用の水車は木製で、直径5.5m、幅1.2m、羽根板48枚で、出力は10馬力あり、1本当り約60kgある鉄製の杵を15本駆動する巨大なものだ。

 この水車の耐用年数は約20年で、二代目の馬場さんは還暦控え、老朽化した水車の更新の時期を迎えた。あと何年、製粉の仕事を続けられるか、その費用の捻出の問題もあり、ご夫婦で随分、悩まれたそうだが、「石油資源に頼らず、自然エネルギーで動く水車の伝統を自分たちだけになっても守ろう。」と決意して、山で杉の葉の採取をしながら、水車用に使える杉材もコツコツと探し、揃えたそうだ。


 そして、2009年に水車大工、野瀬 秀拓(のせ ひでひろ)さん、翔平(しょうへい)さんの手により再建されたが、完成間近の立派な水車の造形美に感動した八女市民の有志が、「従来通りのトタンではなく強化ガラスで囲って、安全を確保し、力強く回転して働く水車の姿を多くの人々にご覧頂くことが、水車場の伝統を守り、未来に継承することに繋がるのではないか?」と、馬場さんの同意を得て、「馬場水車場を応援する会」結成し、募金活動等により、その費用を賄った。
 事務局の高橋康太郎(たかはしこうたろう)さんは、「馬場さんオリジナルのお線香を1人でも多くの方に買って頂くことが、働く水車と馬場さんの想いや取組みを知ってもらうきっかけになる。」と、その販売と支援もしておられるそうだ。

 その馬場さんオリジナル線香を見せて頂いた。蓋を開けるとほのかに杉の匂いがする。火を点けると、当たり前だが、薬品臭の全くない、上品で、芳しい香りが立ち上った。

 「いやー。いい香りですね。」と言うと、 

 「杉粉とタブ粉だけでお線香を作っているのは、ウチと日光にもう一軒あるだけらしいが、そこは粉から作っておられるかどうかはわからんね。ご先祖さまや仏さまは、お線香の香りが大好きだというからね。そういうお線香を作って、喜んでもらえたら嬉しいよね。」と、馬場さん。 

 「そうそう、ウチのお線香を仏壇に供えたら、立ち上った煙が生前のお父様の姿のように見えて、嬉しくて涙が出たとお礼状を頂いたこともあるんですよ。」と、奥様。

 確かにご先祖さまも、薬品臭のない昔ながらの線香の方が喜ぶだろう。早速、購入したのは言うまでもない。




 花粉症が広がったおかげで、杉はすっかり厄介者扱いだが、戦後、国策で大量に植林された杉、檜が切り旬を迎えているのに、放置林が増えているのが原因だという説もある。
 「後継ぎは決まっているのですか?」と尋ねると、

 「二人して朝早くから、一昼夜搗き終わった杉粉をふるい機にかけて、袋詰め。臼に次の乾燥済の杉葉を入れて、新しい杉葉を裁断、乾燥。午後からは杉葉を集めと杉粉の配達。その繰り返し。こんな重労働で儲からない仕事は誰も継がんよ、ハハハハ。でもね、こうやって自然の恵みを少し分けてもらって、ここで暮らしてこられたのは有難いことだし、地域の伝統産業を守るのは大事なことだと思うけん、自

分たちのできるところまではやるよ。ハハハハ。」

 馬場さんは、本業の他に、春には山菜採り、夏は鮎や川魚漁、秋は猪猟と一年中、お忙しい。

 お二人とも終始、ニコニコしておられて、実に楽しそうに自然と暮らし、生きておられる。ホトケさまがどのような方なのか知らないので、ホトケさまのようなと言ってよいのかわからないが、俗世間の由無し事など超越した笑顔をなさっていて、思わず手を合わせたくなるようなご夫婦なのである。

 「水車の構造や建造の苦労は、直接、野瀬 秀拓(のせ ひでひろ)さんに聞いた方がいいよ。」と、その場で電話をして、訪問の段取りをつけて下さった。

 「ところで、馬場さん、お酒はお好きですか?」


「エへへへ、もちろん好きだけど、何で?」

 「今年の12月にええコトしているええヒトばかりが徳島に集まって、大宴会するのですが、馬場さんもご参加頂けませんか?」

 「へぇー、何だかおもしろそうだね。行こうかな。でも、どうやって切符を買って、電車に乗るのかも知らんよ。」

 「では、COREZO(コレゾ)『自然に寄り添う、水車と天然素材だけのお線香づくり』賞、受賞で宜しくお願い致します。」

 「ハハハハ、よくわからんが、いいよ。またおいで、もう山菜は終わりだけど、もう少ししたら、鮎、秋は、猪があるよ。」

 馬場さんご夫婦のような、暮らし方、生き方もあること、働く水車とほんものの線香のことを知って頂ければと思う。どうも八女にはお会いすると、「こんなええ人が世の中にいらっしゃるのか」と、心洗われる方々が多いような気がする。


COREZO「自然に寄り添う、水車動力と天然素材だけのお線香つくり」である。


 馬場 猛(ばば たけし)さんに関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。


 以下、後日談
 2012年9月に福岡県八女市を訪れた際、その年の豪雨災害で気になっていた馬場さんの所へ北島力さんに連れて行ってもらった。八女市内から上陽町に向かう道中は災害の爪痕があちらこちらに残っていて、豪雨の凄まじさが伝わって来る。橋を渡って、馬場さんのお宅に着くと、鮎獲りの網が干されていて、一安心した。線香工場の方に向かうと、馬場さんと奥様が、「いやーっ,よう来た。ま、家に上がって。」と、いつもの笑顔で出迎えて下さった。

 2012年7月14日、 豪雨の中、眠れぬ夜を過ごしておられたそうだ。早朝5時、馬場さんのお宅のすぐ下を流れる川の音が変わった。「こりゃ、イカン。」と取るものも取り敢えず、奥様と二人、軽トラに乗り込み、避難場所の公民館に向かった。家の傍にかかる橋は既に川の流れに飲み込まれそうな勢いだったそうだ。

 「いやーっ、九死に一生を得たよ。水の怖さは知っとるけんが、今回のは昭和28年の大水害の時よりも水量が多かった。」と、馬場さん。




 避難中は、対策本部に周辺の被害状況、道路状況を対策本部に聞いても、市町村合併の弊害で、
「山間部の状況はわかりません。」との一点張りで、地域FMからの情報しかなかったが、復旧の早さは旧上陽町の比ではないそうだ。被害は、ご自宅は辛うじて助かったが、工場の床上1mまで浸水して、砂の除去に20日間を要し、設備のモーター類が全てダメになっていた。何とか共済保険で修理することができ、8月の下旬になって本稼働ができるようになったとのこと。

 「まぁ、命が助かって、線香づくりも再開できたんで、不幸中の幸いと思わんとイカンね。鮎獲りの網が掛かっとっただろ?昨日、今年、初めて鮎漁をしたけん、食べてみるか?」と、災害見舞いに行って、大物の子持ち天然鮎をごちそうして下さった。

 馬場さんは毎日、線香の材料の杉の葉採りに山に入り、山を熟知しておられる。他の猟師と一緒に行くとペースが合わず(馬場さんの山を歩くスピードが速い)疲れるので、11月1日から解禁になる猪も1人で猟に行かれるそうだ。危ない目に遭ったことはないのか尋ねると、手負いの猪とワナを壊した猪に向かって来られて肝を冷やしたことがあるとのこと。

 山から1人で降ろせない大物を仕留めた時には奥様が動員されるそうで、「私はそんなことしたくもないんで、口もきかんですたい。」とのこと。3月に猪猟が終わると山菜採り、初夏からは鮎漁、秋口には
自然薯、・・・。「自然薯は好きなので食べるけど、他は近所の人たちにあげてしまうよ。趣味は楽しむもので、それでお金儲けをするつもりはないけん。」と、馬場さん。

 災害を乗り越え、年中、山の自然と一緒の生活を続けておられる・・・。







COREZO(コレゾ)賞 事務局 (最終取材2012.09.編集更新2012.11.07.文責 平野龍平)
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